人生でいちばん大きなお買い物
人生でいちばん
大きなお買い物
STORY
update
2019.08.28
営業スタッフの思い
お客様の気持ち

「友だちの心の笑顔」

 これは僕のとても大切な友だちの話だ。彼は来年の4月から小学生になる6歳の男の子だけど、2〜3歳の子どもの心でこの世界を見たり、聞いたり、考えたりしている。社会では、そういった子どものことを"知的障害"がある子と呼んだりする。
「障害ってどういうこと?誰にとってなんの害になるというのだろうか?いや、違う。それは、彼の持って生まれた特徴なのだ」と僕は思う。

 出会いのきっかけは、住宅情報サイトの相談デスクからの紹介だった。30代半ばのご夫婦と6歳の男の子という3人家族のお客様。その男の子というのが彼だ。相談デスクは彼についての事前情報を伝えた上で3社の仲介会社に打診したらしい。でも、最終的に紹介を受け入れたのは当社だけだった。「こういったお客様がいらっしゃるので...」と課長から説明があったとき、僕はすぐに手を挙げた。なぜ?と聞かれると困るのだけど、「これは僕のやりたい仕事だ」と直感的に思ったのだ。

でも、手を挙げたのはいいけど、僕はこれまで"知的障害"についてきちんと立ち止まって考えたことのない自分に気づき、まずは勉強することから始めた。"知的障害"には症状の軽い軽度と重い重度があって、軽度の場合は一般の小学校に設けられた特別支援学級に入れること、重度の場合は特別支援学校に行かなければならないことを知った。お客様とお会いする前にできる限りの情報を集めようと、「住まい」探しのエリアを広めに設定し、いくつもの役所を訪ねて特別支援学級と特別支援学校の所在地、規模、評判などを調べてから、そこに通える距離の物件をすべてピックアップした。資料はかなりの枚数になってしまった。

 ご来社の日、初めて対面した彼は、ずっと奥様の後ろに隠れていた。表情には変化がなく、まるで僕がいないかのように僕の方を見なかった。 「少し多めになってしまったのですが」と僕が申し訳なさそうにテーブルの上に資料の束を置くと、ご夫婦は目を丸くして僕を見た。 「今日初めてお会いするのに、ここまでやってもらえるなんて」と奥様がつぶやいた。ご家族は住宅情報サイトの相談デスクに行く前に、すでに他社で家探しを経験されていた。

そのとき、彼が物件の中に入るのを嫌がったようで、他社の営業担当から「家に入ってくれないのではご案内もできませんね」と冷たい態度で対応されたあげく、連絡も途絶えたそうだ。 「ですから、相談デスクでも難しいのなら、家の購入はあきらめるつもりだったのです」とご主人が打ち明けてくれた。
知らない家や車に足を踏み入れようとしない彼の性格を詳しくお聞きするとともに、見学する物件とご案内の日程を決めた。彼は最後まで僕と目を合わせてくれなかった。少し悲しい気持ちも湧き上がってきたけれど、それよりも僕は、「彼とご夫婦が安心して暮らせる家を見つけるために、自分になにができるのか?」をずっと考えていた。

 翌日、僕は奥様と連絡を取った。 「ご案内までの1週間、なるべくたくさん息子さんと顔を合わせるようにしたいのです。短い時間でもいいので」とお願いすると、奥様は快諾してくれた。

僕はとにかくまず、彼の世界の住人になりたかった。

 それから1週間、ご自宅を訪ねたり、奥様の買い物帰りに合わせたり、ときには「こんにちは」とあいさつするだけだったりと、なるべく時間を作って、僕は彼と4度ほど顔を合わせた。最初はやはり奥様の後ろに隠れて僕を見なかった。3度目に変化が現れた。奥様の後ろから出てくると僕の前に立った。
そして4度目、彼は僕の前に立つと僕の目をまっすぐに見上げてくれた。相変わらず表情から感情を読み取ることはできなかったけれど、彼の世界の片隅に住まわせてもらえるようになった気がして、うれしかった。  ご案内当日、僕は車でご自宅まで3人をお迎えにあがった。

僕は、もし彼が僕の車に乗ってくれなかったら、今日のご案内は来週に延期して、また1週間できるだけ彼に会いにいこうと考えていた。
だけど、それは杞憂だった。僕の車に奥様が先に乗り込むと、彼は運転席にいる僕を少しだけ見て、ほとんどためらうことなく奥様の隣に座った。
奥様が目を見張って僕を見た。僕は心の中でグッと親指を立てた。最後にご主人を乗せて、僕の車は現地へ向けて出発した。

 彼とご夫婦がこれから暮らしていく家が決まるまで、その日を入れて3回のご案内をした。それは僕にとって、ゆっくりだけど着実に、彼と親しい友だちになっていくのが感じられた幸せな時間だった。1回目と2回目のご案内では、彼は奥様の後をついてくるように見学する物件に入ってきた。それでも期待以上だけど、3回目には、彼は奥様ではなく、僕の後についてきてほとんど一緒に物件に入ったのだ。 「あなたが入る場所はもう大丈夫だと思っているのでしょうね。うれしいけど、ちょっと妬けちゃうわ」と言いながら、奥様が僕を見て微笑んだ。

 3回目の、最後のご案内後、僕は3人をご自宅まで送り届けると、「失礼します」と軽く頭を下げて運転席へ戻った。彼は奥様の横に立っていたけど、影になって見えなかった。僕は車を発進させた。  会社へ戻ると奥様からメールが届いていた。

《息子はこれまで私たち以外の人に向かって1度も言葉を発したことはありませんでした。まだ信じられないのですが、先ほど自宅までお送りいただいたときの別れ際、息子が「ありがとう」とつぶやいて、あなたの車に手を振りました。
気持ちを表情に出すことはできませんが、そのとき、きっと、心の中で笑っていたと思います。正直に白状しますと、主人と抱き合って泣きました。本当にありがとうございました》

 僕も正直に白状すると、このメールを読み終わると同時に洗面所に駆け込んで、静かに号泣した。