転勤族の夢
♣「息子に二人目の子供が生まれたばかりなんです。男の子と女の子、二人の孫に恵まれまして。いやぁ、可愛くて可愛くて、もうメロメロですよ」
♤「それはそれは、おめでとうございます。いや、私もちょうど一年前に娘が生まれまして。お孫さんとなると、一層愛しさが募るものでしょうね」
♣「ええ、それはもう。ですから、孫たちには決して不自由な思いはさせたくないのですよ」
♤「よくわかります。娘には絶対に幸せになってもらいたいですからね」
♣「でも、私は息子にとっていい父親ではなかった。私はね、いわゆる転勤族だったのですよ」
♤「転勤族?」
♣「はい。今の会社に三十五年間勤めてますが、最初の二十年で日本中を転々としながら十四回転勤しました。長くて二年、最短では七ヵ月で次の赴任先へ移り住んだこともあります」
♤「それは大変だったでしょう」
♣「大変だったのは妻と息子だったと思います。とくに息子には一番楽しいはずの少年時代に辛く、さみしい思いをさせてしまった。せっかく誰かと仲良くなっても、すぐ転校ですからね。子供は残酷です。メールにも手紙にもなしのつぶて。いなくなった友だちのことなど、すぐに忘れてしまうのです。だから、息子はいつも一人でした。そんな息子になにもしてやれなかった」
♤「そうでしたか......」
♣「来年、私は六十歳、ついに定年を迎えます。ですから、退職金で息子になにかを買ってあげたいと思って、こちらにお伺いしたのです」
♤「......では、お家を息子さんに?」
♣「はい、ぜひ家を。仮の住まいではない、本当の〝我が家〟をね」
♤「息子さん家族と一緒にお住みになるために?」
♣「いえ、同居はしません。息子家族だけのための家です」
♤「あの、ご自宅は持ち家ですか?」
♣「いや、賃貸です。私たちはいいのです。妻もそう望んでいますから」
♤「二世帯という選択肢は?」
♣「私たちと一緒に暮らすことになると気を使うでしょうし、息子には〝我が家〟の主になってほしい。それは、果たせなかった私の夢なのです。ぜひ息子に託したい。よろしくお願いいたします」
♤「......わかりました。全力を尽くします。どんな家をご希望ですか?」
♣「ここに息子に内証で嫁から聞いた息子の好みのメモがあります。できるならば新築で子供たちが庭で遊び回れるような......」
♤「え、息子さんには秘密ですか?」
(それから三ヵ月後 。)
♣「いろいろお世話になりました」
♤「とんでもありません。ご希望にかなう新築の家が見つかって、私もうれしい限りです。しかも、こんなに幸せで楽しい気分も共有できましたし。......息子さんには喜んでいただけましたか?」
♣「それはもう。でも、最初はなにが起こったのかわからなかったようですけどね」
♤「そうでしょう、そうでしょう」
♣「それから、見る見る顔をくしゃくしゃにして」
♤「わかります、わかります」
♣「まさか泣き出すとは考えもしてなかったので......妻も私も思わずもらい泣きしてしまいました」
♤「私も、もらい泣きしそうです」
♣「世界一の、息子だけの〝我が家〟です。心からお礼を申し上げます」
♤「こちらこそ、本当にありがとうございました。まさか、あんな素敵なクリスマスプレゼントのお手伝いをさせていただけるなんて、人生で二度とない貴重な体験でした」
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