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2016.05.23
わかる!な出来事
営業スタッフの思い

山手の守り神

 横浜市の高台に位置する山手エリアは、全国でも有数の高級住宅街のひとつ。都市景観百選にも選ばれている観光名所で一度は住んでみたい憧れの地  。ここで理想の一戸建てを手に入れることはとてもハードルが高い。不動産の仲介業に携わる彼も、このエリアではいつも苦戦を強いられてきた。
 
「山手エリアに三千五百万円以内で駐車場付き一戸建てを」と聞いた時、彼は心の中で「無理かもな」と思った。
 彼を訪ねてきたのは、年の頃は四十代半ばの共働きのご夫婦。三人の子供と一緒に家族五人で住むための一戸建てを探したいとのことだった。
「お気持ちはわかるんですけれど、少しエリアを広げてみてはどうです?もちろん山手も探しますけれど、条件に見合う物件は難しいかと」
 二人は落胆の色を浮かべたが、気を取り直したように夫が言った。
「とにかく山手エリアで一度探してもらえますか? どうしても物件がないのなら、諦めもつきますから」
 探すことはできるが結果は見えている。案の定、三千五百万円で購入できる山手エリア内の一戸建ては、たった二軒のみ一軒は築十五年超えの中古、もう一軒は新築の物件だった。
 彼はいつものように、現地へ案内する前に物件の下見に出かけた。中古物件は、見た目も古く、駐車場もなかった。新築の方は、土地が旗型で車は入るが非常に停めにくかった。そして、家の中に入ってみると、さらに面倒な問題が  。
「新築でこの価格はこれが原因だったのか。なるほど、どーりで」
 
 案内当日、彼は先に中古物件の方へ、ご夫婦を案内した。
「建物もかなり古いですし、駐車スペースもありません。いかがですか?」
「仕事の都合で車が入らないのは困るんですよ。ですから残念ですが......」
 一軒目、中古物件はNGだった。そして、二軒目の新築の一戸建てへ  。
「土地が旗のような形で、家は奥まった場所にあります。駐車スペースも間口が狭く、車が停めにくいんですよね」
「あ、でも慣れれば大丈夫かなぁ」
 彼はご夫婦を先に立たせて家の中へ入った。新築の匂い。明るい日差し。広く美しいリビング&ダイニング。二人の表情がさっと明るく輝いた。
「わぁ、さすがに新築はキレイねぇ」
「そうだな、うん、悪くないな」
「部屋は一階に一つ、二階に三つありますので、間取り的には問題ないかと思います。リビングの窓は南向きで日当りはこれ以上ないほど最高です。ただ、ここは多少クセのある物件でして......」
 彼はリビングを横切って、窓の前に行くと、勢いよく全開にした。
「窓の外は、実は、お墓なんですよ」
 窓の向こう側、端から端まで、見える範囲の全面に墓石が並んでいた。まるで庭自体が墓地であるかのように  。
 二人はしばらく黙ってお墓を見つめていた。すると、妻が小さく笑った。
「お墓があれば、家が建つこともないから、ずっと日当りはいいわよね。それにね、このお墓たち、きっと、私たち家族の守り神になってくれる気がするの。ねぇ、あなた、そうは思わない?」
「......うん、そんな気がしてきた」
「ここにします。お願いします」
「え、本当にここでいいんですか?」
 完璧にNGと踏んでいた物件  本当にいいのかな? と彼は戸惑った。
 
 半年後、彼の元に一通の手紙が届いた。山手の新築一戸建てを購入した、あのご夫婦からだった。
〝その節は大変お世話になりました。本当にいい家を紹介していただいて、家族みんな幸せに過ごしています  〟
「あ、本当に守り神だったのかも......」
 ずっとあの家のことが気に懸かっていた彼は、ようやく胸を撫で下ろすことができたのだった。