死ぬまで一緒
ときどき思い出すんですよ、お元気にしていらっしゃるのかな、電話してみようかな、と。でも、毎日の忙しさに、ついついかまけちゃって。今でもはっきりと目に浮かびますよ、お二人の仲むつまじいお姿が 私を見ると、ふわりとやさしく微笑むんです、お二人揃って。
八十三歳の同い年の老夫婦、小学校の同級生で幼なじみ。人生のほとんどを一緒に過ごしてきた戦友なんだよ、とご主人は最初のご来社のときに笑っていましたね。お二人だけで5LDKのマンションにお住まいで、そこを売却して一戸建てを購入したいというご希望でした。今さらだけど、私たちに分相応の〝小さな土地に建てられた小さな家〟にくらしたいのですよ、と。失礼な言い方かもしれないけど、とても小柄でかわいい感じのするお二人で、私はできる限りのことはしたいと思ったのです。
お二人とは、毎週土曜日の朝イチから物件をご案内するパターンでおよそ二カ月間のお付き合いでした。私の始業は午前九時なんですけど、お二人はきっかり十五分前に来られてて、私が出社すると、必ず会社の前で待っていらして。すいません、と謝ると、年寄りは気が急いてですね、とおっしゃって。次は必ず早く来ようと心に誓うんですけど、いつも時間ギリギリになってしまうんです。甘えてますね、私も。反省しきりです。
これからのことを想定して、最初は平屋を探しました。病院やスーパーまでの距離、近隣の環境も正確に調査し考慮すると、このご時世ということもあって平屋の物件はなかなか難しくて。マンションも想定より高く売れて、最終的には二階建てをご契約いただいたわけです。玄関、バス、トイレもすべてバリアフリーに、将来的には車椅子単独で二階へ上がれるリフトを階段に設置できるようにリフォーム、引き渡しという流れでした。
もちろん最善を尽くしました。喜んでいただけたのではないか、と秘かに自負していますけど(笑)。
約二カ月間、ご案内にして七回、仕事としては短いとも長いとも言えませんが、たくさんのことが印象に残っています。ふと、思い出すたびに、とても穏やかな気持ちになれる、まるで子供のころの優しい記憶のように 。
最初のご案内の日、お二人は奥さまお手製のお弁当をお持ちで、私はコンビニ弁当を買って、公園で食べたのを覚えています。ポカポカ陽気の気持ちのいい日でした。しかも、次のご案内からお手製のお弁当はもう一人分増えることになって。おいしかった。でも、ひとつ問題があって。ご主人が梅干好きだから、必ず大きめの梅干が三つも入ってるんです。私、実は梅干が大の大の大の苦手。でも言えないですよ、梅干は入れないでくださいとは。死ぬ気で食べました。毎回、完食です。米粒一つ残さずにね。
お二人とも戦争を経験していらして。学徒で招集されたときは終戦間近で、死ぬ覚悟はできていたのに戦地へは行かず、忸怩(じくじ)たる思いで復員。戦時中は衣食住に不自由するのが当たり前、現在は誰もが人間らしく豊かに暮らせる、とてもいい時代。こんないい時代を生きることができて、私たち二人は本当に幸せ者ですよ。ご主人がそう語ってくれたとき、胸の奥で忘れかけていた大切な何かを思い出せそうな、そんな不思議な感覚にとらわれたことをよく覚えています。
ある日のご案内中に、お二人に聞いたことがあります。なぜ今になって一戸建てに移ろうと思ったのですか? マンションなら安全だし、安心して暮らせるのではないですか? と。すると、お二人はまた一緒にふわりと微笑んで、ご主人がこう話してくれました。
どうも落ち着かないんです、あの部屋は。子供たちのことを考えて購入しましたが、いつも終の住処ではない気がしていました。二人でずっと話していたのです。できるならば、土の上で、地面の上で落ち着いて人生を終わりたい、と。
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