お節介な第六感
「ねぇ、こんな家に住みたかったの」
「わかった。君がそんなに喜んでくれるのなら、この家にしようか」
一緒にいるこちらが恥ずかしくなるほど仲睦まじい三十代のカップル。これまで二人に十件以上の物件をご案内してきた僕は、彼女の本当に幸せそうな笑顔を見て、ここが二人の結婚を祝福する新居になると強く感じた。この業界に入って十五年目、僕のこういった直感はただの一度も外れたことはなかった。
僕は二人を会社にお連れして契約までの流れを説明した。エリア、交通のアクセス、日当たり、間取りなど、物件のクオリティの高さはもちろん、自己資金も住宅ローンの申請に必要な条件も、なにも問題は見当たらない。購入申込書に記入してもらい、週末に契約をセッティングしたときには、現地での直感は確信に変わっていた。だから、別れ際の彼の表情にかすかな翳(かげ)りを感じ取っても、僕は気にも留めなかったのだ。
「あの、なんだかリビングが狭い気がしてきて......申し訳ありませんが」
契約を翌日に控えた深夜、彼からキャンセルの電話が 僕は驚きとショックを悟られないように必死に答えた。
「わかりました。では、リビングの広さを優先して他の物件を探しましょう」
僕はそのとき、それから約三ヵ月の間に、契約を五回もドタキャンされるとは想像もしてなかった ご案内した物件を彼女が気に入ると、彼は決まって購入申込書を記入した。ところが、契約の前日に(当日の早朝だったこともあった)、必ず電話で断ってくるのだ。明らかにどこか不自然だった。
〝キャンセルの理由は物件の良し悪しには関係ないのではないだろうか〟
しかし、立ち入ったことを聞く訳にもいかず、ご案内を重ねるしかなかった。
「......あの、ちょっと......お話ししたいことがありまして......」
受話器の向こう側で六回目のキャンセルを告げたあと、彼は僕と二人きりで会いたいと言いにくそうに言った。
待ち合わせの喫茶店に行くと、一番奥のテーブルに彼は座っていた。僕は軽く会釈をしながら向かい側に腰を下ろした。彼はしばらく黙っていたが、意を決したように話し始めた。
「......実は彼女と結婚することを私の両親にまだ話してないんです。もちろん新居探しのことも......」
〝な、えーーーっ、どういうこと?〟
「......彼女を両親に紹介しようと考えていた矢先に、父が会社の上司から娘さんとの縁談を持ちかけられて......乗り気な父に言い出せなくなって......」
「......それが、契約を六回もキャンセルした理由なのですか?」
「はい......申し訳ありませんでした」
不思議と腹は立たなかったが、僕の脳裏にご案内のときの幸せそうな彼女の笑顔が浮かんだ 僕は自分の仕事をきっぱりと諦める代わりに、余計なお世話を言わせてもらうことにした。
「ひとつお聞きしてもいいですか?」
「......あ、はい」
「彼女を愛していますか?」
「え?」
ハッと僕を見ると、彼は少し考え込んでから噛みしめるように答えた。
「......はい、愛しています」
「そうですか......それなら、彼女を幸せにしてあげてくださいね」
そう言って僕は席を立った。
三日後、もう二度と会うことはないと思っていた彼から驚きの電話が 。
「あの翌日、彼女を両親に紹介しました。反対されるかと思っていたら、父も母も彼女を気に入ってくれて。特に父の喜びようといったら、早く孫の顔が見たいなんて言って......本当にありがとうございました。父も援助すると言ってくれてますし、また新居探しの方をお願いしたいと思って。それでですね、あの......一番最初に契約をキャンセルしたあの物件......まだ空いてますか?」
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