人生でいちばん大きなお買い物
人生でいちばん
大きなお買い物
STORY
update
2016.05.23
わかる!な出来事
営業スタッフの思い

思いを翼に乗せて

「あきらめるのが早すぎるんじゃないのか?」
「自分の思いを必死になって伝えることが大切なんじゃないのか?」
「途中で投げ出すことは、そのお客様に対して本気の心で接してなかった証拠だよ」
 上司の言葉が私の胸を突いた。
 
 さいたま市にある不動産仲介の会社に入社して間もない私は、お客様に初めて電話するときは、いつもどきどきの緊張しまくり。冷たくされたり煙たがられると、なんだか悲しい気分になって、すぐになにも言えなくなってしまう。
 このままではいけない、変わらなければ  そう自分を奮い立たせていた矢先、ホームページに仙台のお客様から会員登録があった。
〝え、どうして仙台からさいたまなの?〟
 でも、書き込みの情報はほとんどなかった。よし、まずは電話だ。
 一回目、二十回の呼び出し、応答なし。二回目、三回目、そして八回目にようやくつながった。
「すいません、今手が離せないので用件はメールでお願いします」
〝ガチャ! ツーツーツー〟
 私なりに考えてみた  どんなご希望をお持ちなの?ご予算は?でも、なにも思い浮かぶはずもなく......わかっているのは、四十代のご夫婦ということだけ。
 とりあえず新築一戸建てを中心に図面を添付してメールすること十通。返信なし。二十通目を送ったとき〝ダメかな〟とあきらめの虫が顔を出す。
〝いや、まだまだ......でも、なにが足りないの?〟
 もう一度考えてみた  あ、写真って、いいかも。物件以外にも学校、病院、スーパーなど、周辺情報も添えて。仙台にいても、さいたまの良さを感じてもらうために、私の心をメールに乗せて思いきり飛ばそう。
 そうして三十五通目のメールを送信したあと、ついに私宛に奥様から電話がかかってきた。
「主人が転勤で......もう住宅のプランはできているので、それに合う土地を探してるんです」
「え、どんなプランですか?」
「真っ白で窓のないお豆腐みたいなお家に住むのが夢なんです」
〝お、お豆腐......ですか?〟
 とはいえ、とにかく一週間後に来店の予約をいただいた私は物件の下見へ  と、突然の大きな揺れ......怖い......携帯電話も通じない。そのとき、車のラジオから東日本大震災の速報が響いた。
 
 仙台のお客様と連絡が取れないまま数日が過ぎたある日、プルルル......あ、やっとつながった!
「......奥様、ご無事ですか?」
「生きてます......少し落ち着いたら連絡しますので」
〝良かったぁ。うう、安堵のあまり、ちょっと泣いてしまった〟
 それからも私は毎日、一言でも二言でもなにかしらのメールを送り続けた。そして一ヵ月後、奥様から待望のメールが届いた。
〝ガソリンが確保できそうなので、来週さいたまに行きます。物件の紹介をお願いします〟
〝え、来週? ヤバイ......かも〟
 私は外回りをしながら必死に物件を探した。ところが、あの土地も、この土地も、どの土地も豆腐のお家が入らなーい。たまに豆腐が入る土地が見つかっても、アクセスも利便性も良くない辺ぴな場所だし......。
〝うわぁ、困ったぁ〟
 それでも、ご夫婦がさいたまにいらっしゃる日は確実にやって来る。
 
「ここ、いいんじゃないの」
「うん、ここなら日当たりも立地も環境も申し分ないね」
 当日、私が最後にご案内した土地を見て、お二人は目を輝かせた。
「......すいません、ここにはご希望のお家は建てられないんです」
「え......どうして?」
「ここは建売りの分譲地で間取りも仕様も選べないのです。でも立地と環境を考えると、ここしかないと......申し訳ありません」
「......じゃあ、ここにします」
 ご主人が穏やかな口調で言った。
「え、でも......」
「最初はいろんな不動産会社からメールをもらったけど、震災前も震災後も、メールを送り続けてくれたのはあなた一人だけでした」
 今度は奥様が私に微笑んだ。
「将来、ここに家を建て替えるときまで、お豆腐は次の夢として取っておきますから。たくさんのメール、本当にありがとう。震災で不安なとき、毎日届くあなたのメールを楽しみにしてたんですよ」
 そう、私の思いは、心はメールという翼に乗って、さいたまから仙台へ確かに届いていたのだ。