重いと想い
ふと振り返って考えると、この二十年くらいの間に世の中は随分進んだなぁ、と思う。私が携帯電話を持つようになったのは社会に出た頃、中学高校のときはもちろんなかった。
友だちと連絡を取る方法は家の電話 カレに電話するときは時間を決めて本人が出るようにしたし、他の家族が出てしまったときは、しどろもどろになったり、思わず無言で切ってしまったり(笑)。手紙という手もよく使った 下駄箱にそっと入れたり、屋上や校舎の裏に呼び出して手渡したりね。
今の若い子たちは誰とでも携帯で話せるし、メールもあるし、ああいう不便さゆえのドキドキやワクワクを感じることはないんだなぁ、と。なーに年寄りじみたこと言ってんの、と笑われるかもしれないけれど。
仕事もパソコンや携帯なしには考えられない世の中になった。お客様や取引先とのやり取りの半分以上はメールだし、多いときは五十通近いメールを書く日もあるほど。
例えば、初めての方とコンタクトを取る場合、いきなり電話したり出向いたりするよりも、メールには程よい距離感があってお互いの気持ちを楽にしてくれる軽さと便利さがある。でもどことなく冷たさを感じるのは、私だけだろうか。メールと比べて、手紙は重いけれど温かさが感じられるような気がするのだ。
と、前置きが長くなったが、そんなことを考え始めたのは、事前のアポなしでご来社された三十代のご夫婦の難しいご希望を叶えるべく奮闘している最中だった。
ご希望は鎌倉の豊かな緑に囲まれた小高い丘の上の一軒家 完璧ではないがイメージに近い物件をいくつかご案内したがお二人の反応は薄く、とはいえ存在しない物件をご紹介することもできず、三ヵ月近く連絡を取れずにいたある日、突然ご主人から電話をもらった。
「場所は藤沢なんですけど、これ以上ない理想的な土地を見つけました。もし、ここが売地なら、ぜひとも買いたいんですけど」
〝え、鎌倉って言ったじゃん〟とは思ったけれど、そこは大人の対応で住所を伺って検索にかけてみた。残念ながら売り物件ではなかったが、とりあえず現地へ。
東西南北が豊かな緑に開かれた高台の広い土地 確かに理想的ね。小春日和の暖かさを感じながら目を閉じると、木々の葉が立てる音と鳥たちの声の合唱が心地よかった。
法務局で登記簿謄本を閲覧し、所有者の名前と住所を調べてみた。
〝さて、どうしたものかなぁ〟
「ダメもとで手紙でも出せば?」
途方に暮れていた私に、天から舞い降りてきた上司の一言。
〝いいかも〟と、書き始めてみたのはいいが、知っているのは名前だけ(たぶん男性)、年齢も顔もわからない相手に手紙を書くのは簡単ではなかった。
下書きのコピー用紙でゴミ箱を一杯にしながら(ごめんなさい)、本番の便せんに一文字一文字を自分史上最大の丁寧さで言葉を綴り終わったのは、もう最終電車ギリギリの時刻だった。
「一度ご連絡をいただければ幸いです」で締めくくった手紙に名刺を添えて翌日投函した。
一週間過ぎても連絡がなかったら、もう一度手紙を書こう。それでもダメならキッパリとあきらめる。私の方から連絡を取る気はなかった。
それから八日目の午前中、その電話はかかってきた。本当にたまたま偶然、私自身が応答した。
「そうですか、あの手紙をお書きになられたのはあなたでしたか」
〝かなり年輩の雰囲気の声〟
「現地へは行きましたか?」
「はい。自然が美しい場所ですね」
「うん、そうでしょう。実は以前にも何度か同じようなお話をいただいたのですが、あそこに家を建てて妻と老後をゆっくり過ごそうと思っていましたから、すべてお断りさせていただきました」
〝あっちゃー、やっぱ無理か〟
「でも、手紙でお知らせいただいたのは初めてです。あなたの誠実なお人柄がよく表れている手紙でした。実は最初に声をお聞きしたとき、もしや、と思ったのですよ」
「あ、ありがとうございます」
「妻にも先立たれ、気がついたらもう老後に差しかかってしまいました。そろそろあの土地も手放そうかなと思案していた矢先、ふいに届いたやさしい手紙でしたよ」
ふと思った。手紙は「重い」のではなく「想い」、だから人の温かさが伝わるのかもしれない、と。
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