人生の隣人
♡車の窓越しに見えてきた公園の木々の若葉が麗らかな光を浴びながらさわさわと風に揺れていた。
「ここですよ」と運転していた営業の人は、新緑が美しい公園沿いに二軒並んでいる奥の家の前に車を停めた。春に似合うお揃いの淡いベージュを壁にまとった二軒の佇まいが仲良しの姉妹を思わせた。
一戸建てを探し始めたのは、アパート住まいの気遣いに少し疲れたからだった。長男は幼稚園の年少組、次男はまだ一歳 走り回ることが仕事のような年頃だ。
〝昼間うるさくて眠れやしない〟
下に住む化粧の濃い女性に怒鳴り込まれた。
〝躾(しつけ)くらいちゃんとしてよ〟
隣のたぶん同年代の女性に嫌味を言われた。
〝コラ、静かに!〟
子供たちをそう叱る度、自分の中にストレスが蓄積されるのを感じた。
先に車を降りた夫と長男を追うように眠っている次男を抱き上げて外へ その家は、外観も内装もこれまで見学した十件近い建売り物件とは明らかに違っていた。
♢二階の窓から目に入る木々の緑が心地良かった。「ねぇ、目の前の公園って、まるでこの家の庭みたいね」と主人を見ると「ここにしようか......二人では広すぎるけど、三人四人と家族も増えるだろうからね」とやさしく微笑んだ。
マイホームを持つことは、長かった同棲時代から結婚生活を始める二人のけじめ これからは夫婦として家族を創っていくのだ。
隣り合った二棟建ての一棟に引っ越して一ヵ月、もう一棟の入居者はまだ決まらないようだった。
「お隣にはどんな人たちが住むのかしらね。少し不安だなぁ」
「ふぅん、どうして?」
「これから十年二十年、人生の長い時間をこんなに近い距離で生きていくのよ。そうね、親友になれるような、お互いの子供が仲良しの幼なじみになれるような、そんな人たちだといいんだけどなぁ」
土曜日の午前中、家の前へお掃除に出ると、お隣の玄関から不動産会社の人と一緒に内覧に来たらしいご家族が出てきた。
小さな子供を抱いた奥様と三歳くらいの男の子とご主人 奥様がはにかんだ笑顔で私にぺこりと頭を下げた。
〝可愛らしい人だな、二人も子供がいるとは思えない......同い年くらい?なにかと相談できそう〟
♡車から表に出ると隣の家の前にホウキを持った女性が立っていた。
〝あ、好きな顔〟と感じた自分に照れて思わず会釈してしまった。
ワタシの心は決まっていた。予算をやや上回ることを気にしていた夫は、営業の人が三十年先まで想定した資金計画を試算してくれたことでおおよそ納得したが、最終確認のため再び現地へ。
〝会えるかな〟と思った自分が女子高生みたいだな、とまた自分に照れてしまった。
♢主人と買い物から帰ってきたとき、家の前であのご家族にばったり出会った。すぐに不動産会社の人がご家族を紹介してくれた。
「どうですか、住み心地は?」
「悪くないですよ。駅も近くてお買い物にも便利だし。それに前の公園、この二棟の庭みたいでしょ」
「あ、わかります。二階からの眺めもステキですよね」と笑った奥様の嬉しそうな顔を見ながら〝きっと親友になれる〟と感じた。
"旦那様も人が良さそうだし、二人の男の子も元気でカワイイなぁ"
♡「この道はほとんど車が通らないし、安全ですよ」と子供たちを見た彼女はやさしい目をしていた。
帰りの車内で夫に決意を促した。
「気さくで感じのいいご夫婦......彼らが隣に住んでいると安心ね。家は選べるけど隣人は選べないでしょ。ワタシたち、運がいいよね」
「うん、僕もそう思うよ」
引っ越しの日、荷物の片付けが一段落した所で、夫の実家から送られてきたブドウを持って夫と一緒に隣へごあいさつに向かった。
〝次のお休みに食事でも......いやまだ早いか......ひとまずお茶で〟
♢不動産会社の人から今日がお隣の引っ越しだと聞いている。奥様は必ずあいさつに来るだろう。もう宵の口だし明日の朝かもな。
〝上がってお茶でもしません?おいしいケーキがあるんです......こんな感じかな〟と思いを巡らせていると、唐突に玄関のチャイムが鳴って、思わず私の胸も高鳴った。
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