家族日和
その二十代後半の若いご夫婦とお会いしたときの第一印象は"都会的でハイソなお二人だなぁ、私で大丈夫だろうか"だった ツーブロックだかディスコネだかのヘアスタイルのご主人と、ガーリーなミディアムボブの(お世辞抜きで美人の)奥様は、揃ってヨーロッパの高級ブランドのショーウィンドウから飛び出してきたかようなファッションに身を包み、妙にクールな物腰で話し始めた。
「いやね、家のような高額商品とは無縁だと思っていたんですけど、僕の妻が妊娠してるのがわかって、家をね、やはり探そうかと」
「ネットで見たら思ったより高くなくて、これなら私たちでもって」
「ぶっちゃけ、子供は想定外でしてね、僕の妻と二人で人生をもっと楽しみたくて。で、子供がほしいとは思ってなかったんでね」
お二人のご希望は、通勤やショッピングに便利な駅の近辺、部屋数よりもリビング(隣接した和室はいらない)や主寝室(十畳以上はほしい)の広さを重視した間取り しかも、建売りをひと通り見てから注文も考えたい、と。
駅近のエリアは建売りも土地も出にくい上に、そんな珍しい(ワガママな)物件、そうそう転がってはいない。当然のように、物件待ちで半年が過ぎ、奥様が臨月に入ると家探しは一旦休止になった。
ご主人から〝再開したい〟とのご連絡をいただいたのは、それから約一年後のこと。久しぶりにお会いしたご夫婦は、なんだか前とは雰囲気がちょっと、いや、かなり変わっていた。
髪を後ろで結んだ(相変わらず美人の)奥様はゆったり目の平凡なワンピース、三ヵ月はヘアサロンに行ってなさそうな無造作ヘアのご主人は特徴のないジーンズにポロシャツ なにより私が驚いたのは、あまり笑わなかったクールなお二人の目尻が下がりっぱなしなことだった。
「僕の妻に似て美人でしてねぇ」
ご主人は、腕に抱いたもうすぐ一歳の小さな女の子の顔を何度も覗き込んで目を細くした。奥様はそんなご主人を愛おしそうに見る。
「いやぁ、自分がこんなに子供好きだったなんてね、自分でも意外でね。以前は多趣味を自負していた僕ですけど、今の唯一の趣味は子育てですよ。他のことには一切興味がなくなっちゃってねぇ」
「私、娘に嫉妬しちゃいそうですよ」と奥様が嬉しそうに笑った。
変わったのは、お二人だけでなく「住まい」探しも 駅近は車が多く危険なのでNGとか、保育園や小学校に近くて公園の緑が多いエリアとか、リビング横の和室はキッチンから子供を見守れるのでOKとか、すべてが子供中心のご希望だった。
物件のご案内もスムーズに進み、いくつかの建売り物件から本命を選んで という段階で奥様が体調を崩し、病院で二人目の妊娠と難産の可能性を告げられると、家探しは二度目のストップへ。
さらに一年半が過ぎた頃、ご主人から〝再々開〟の連絡が 二歳の女の子を真ん中に両側から手をつないだご夫婦がオフィスに姿を見せたとき、私は顔には決して出さないよう、心の中で目を丸くした。
三人は同じ色のポロシャツを着ていた。そう、いわゆるペアルック。よく見ると、ご主人の胸におんぶ紐で抱かれたまだ十ヵ月の男の子の肌着まで同じ色だった。
「親バカと呼ぶなら呼んでくれですよ、逆に嬉しいくらいでね」
その日、私は数日前から準備した子育て中心のご希望を叶える物件をいくつかご紹介した。その中で唯一の5LDK(一階の和室を含め二階に四部屋)の建売りを見学しているとき、ご主人が言った。
「いいですねぇ、ここにします」
"え、ちょっと早すぎでは"
「あのですね、僕の妻はもうすぐ三人目の子供を連れてきてくれるんです。子供は何人いてもいいですよねぇ、最高ですよ、もう」
見つめ合うお二人は本当に幸せそうで正直、少しうらやましくなった。
数カ月後、空の青が目に眩しい快晴の休日、私は三人目のご出産祝いを手に、ご夫婦の新居を訪ねた。ベランダに干された五人家族の洗濯物が、初夏の心地良い風を浴びて楽しそうに揺れていた。
「近い将来、二階の部屋数を増やすリフォームはできますかね?」
ご主人が真顔で私に聞いてきた。
「え、あ、もしかしたら四人目?」
「いや、まだです......でも、ほしいなぁって、四人目も五人目も」
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