心と心をつなぐ人
見た目は厳つい、怖い。入社初日に直属の上司だとわかったとき、一瞬本気で会社を辞めることを考えたほど。でも、話してみるとバカみたいに(ごめんなさい)お人好しで"これでお家なんか売れるの?"と逆にこっちが心配になるくらい。そして、第一印象とは裏腹に"酒好き""同じ地元"という条件が揃い、二人が飲み友だち(上司です)になるのにそれほど時間はかからなかった。
仕事でイヤなことがあったりすると、地元の居酒屋に上司を呼び出し、愚痴を聞いてもらった上に奢ってもらったり。なにを言っても笑ってくれるし、悩みを打ち明けると私以上に本気で悩み始め、相談を持ちかけると自分のこと以上に一生懸命考え始める。両親の他にこれほど親身になってくれる人に初めて出会った気がする。
"この人と「住まい」探しをする人はきっと幸せだろうな、いつかステキな彼と結婚したときはお家を見つけてほしいな"
私はぼんやりと思った。
二年目に私が転職したあとも、月に一度は一緒に飲んだ。
その日、元上司が連れてきたのがこれまた地元が同じ彼だった。前の会社の後輩らしい 大人しい草食系な感じ、決してタイプではないけれど良い人かな(許せ)みたいな。
それから三人で何度か飲んだあと、思いもかけずに彼からコクられた。なんと手紙で(何時代だよ)。どうやら元上司の入れ知恵だったらしく、しかし私はそのアナログなあったかさにまんまとやられたのだった。あとで聞いた話によると、元上司も愛する奥様に同じ手を使ったとか。時代は変われど変わらないあったかさもある。
彼と付き合い始めて二年目を迎える頃(その間も元上司とは月イチで飲んだ)、私は彼との結婚を望み始め、どうにも煮え切らない彼の態度に業を煮やしていた。彼に内緒で元上司を呼び出し、彼の優柔不断さを愚痴りまくった。元上司は困った顔で微笑んでいた。
「家を買うときも同じだな。男って大きな決断をするとき、必ず一度尻込みしちゃう。そんなときは妻のやさしい後押しが必要なんだよ。お前を頼りにしてるんだよ」
なるほど"プロポーズは男から"は時代とともに変わったらしい。
「結婚するの、別れるの? どっちかに決めて、今すぐ、ここで」
やさしい後押しかどうかは疑問だったが、私は彼に決断を迫った。
翌週、彼と二人で元上司に結婚の報告をした。元上司は嬉しさのあまり笑顔をくしゃくしゃにした。
「お前らの家はオレが探してやるからな。オレの仲介人生最高の家を見つけてやるからな」
そのまま酔いつぶれてしまった元上司を、二人で抱きかかえて奥様の元へ送り届けた。
人生最高に幸せな夜だった。
彼と賃貸マンションで同棲を始めて一年が過ぎた頃、元上司から珍しく昼間に連絡をもらった。
「物見遊山でいいからさ、二人に見てほしい物件があるんだよ」
それは地元の新築物件で広さと建物のクオリティを考えると驚きの価格(わりと人気のエリアなのだ) まさに掘り出し物だった。
「下見で来たとき、真っ先に二人の顔が浮かんでさ。どう思う?」
彼は戸惑っているようだった。
「......結婚式の日取りも決めてないのに家を決めていいものか」
さ、ここでやさしい後押し......ね。
「じゃあさ、結婚式とお家を一緒に決めちゃおう......ね?」
私史上最高の笑顔を彼に投げた。
彼と元上司は口をポカンと開けていた。実は最近、私は体調の変化を感じていた。翌日、病院へ行ってみると予感は的中 母親は強いのだ。
仲人を立てない、お色直しも一回だけ(さすがに譲れず)のささやかな結婚式 私と彼は満場一致(二人だけど)で今の会社の上司や先輩ではなく、"結婚"と"住まい"を仲介してくれた恩人にメインのスピーチを頼むことにした。
結婚式の当日、司会の女性に名前を呼ばれると、緊張した面持ちの元上司がマイクの前へ。礼服の内ポケットからたどたどしく原稿(三日徹夜したとか)を取り出すと、私たち二人と親族へのお祝いの言葉を述べて 。
と、元上司は言葉に詰まった。それは、まさしく号泣だった。沈黙とざわめき。元上司は満面の笑顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
と、次は隣から彼の嗚咽が聞えてきた。
"男ってどうしようもないな"
私は純白のハンカチを取り出して、どうしようもなくあふれ出てくる涙を静かに拭った。
カテゴリー一覧
新着情報
-
もっとみるupdate2019.08.28vol.45お客様の気持ち営業スタッフの思い
「友だちの心の笑顔」
これは僕のとても大切な友だちの話だ。彼は来年の4月から小学生になる6歳の男の...
-
もっとみるupdate2019.01.30vol.44お客様の気持ち営業スタッフの思い
「安心という贈りもの」
晩婚だった私と妻は40歳を過ぎてから、ほとんどあきらめかけていた子供を授かっ...
-
もっとみるupdate2019.01.25vol.43お客様の気持ち心あたたまるお話
「人生の方向転換」
「結婚しても、子供が生まれても、私は仕事を続けたいし、続けるつもりよ」と妻...