人生でいちばん大きなお買い物
人生でいちばん
大きなお買い物
STORY
update
2016.05.23
心あたたまるお話
営業スタッフの思い

それよりも大切なこと

♡一人目の子供を授かったのがわかったとき、私と夫は「この子に故郷となる"住まい"を残したい」と、毎月ささやかな自己資金の積み立てを始めた。「二人の今を楽しむ」から「家族の未来を育む」へ、人生をシフトしたのだ。
 三年後、二人目が生まれたときは「下の子が小学校に上がる前に」と時期を定めた。
 それから約五年間、子育てと家計の板挟みに苦労した時期もあったけれど、目標があることは日々の暮らしに心地よい充足感をくれた。そして、大きな期待と少しの不安の中で「住まい」探しは始まった。
 
♣三十代半ばのご夫婦と男女二人のお子さんの四人家族  きちんと自己資金を貯め、満を持しての「住まい」探しだけあって表情には真剣さが窺えた。
 僕はこういった人生に真面目でひたむきなご家族に出会うと、心の片隅で妙に感動している自分がいて"なんとしてもご希望に叶う「住まい」をお届けしたい"と強く思ってしまうのだ。もちろんすべてのお客様へ同じ気持ちで接するよう心掛けているが、人として少々の思い入れは許してほしい。
 
♡子育てにやさしい環境、家族四人が伸び伸びと暮らせる広さ、できれば駅から徒歩圏内  。
"予算的には厳しいのかも"と心配もあったけれど、コンタクトを取ったいくつかの不動産会社から"この人かな"と夫と話し合って選んだ営業の彼との「住まい」探しは、純粋に楽しいものだった。
 物件の見学へ向かう車にはチャイルドシート、子供用のお菓子、さらには私たち夫婦の年代に合わせた音楽まで用意されていたし、物件の説明はシンプルでわかりやすく、欠点も隠さず指摘した上で、自由に物件を見学させてくれた。その間、彼は子供たちと遊んでくれるので、私と夫は心行くまで物件をチェックすることができた。さながら車の小旅行気分で子供たちも毎週末を楽しみにするようになった。
 私たち家族は正直、扱いやすい客ではなかったと思う。慎重になり過ぎて些細なことを気にしたり、ワガママとも思える要望を口にしたりすることも  それでも彼はいつも嫌な顔ひとつせずに気持ちよく対応してくれた。
 そうして二ヵ月が過ぎた頃、五回目の現地への見学で私たち家族は「あ、ここかも」と感じられる物件に遭遇した。
 
♣ご契約の一週間後にそれは起った。売主の会社が倒産  僕も初めての経験だった。物件の引き渡しができず、もう一度「住まい」探しを始めなければならないことを伝えるため、僕は重い受話器を取った。
 
♡「え、倒産?手付金として支払った自己資金は?」と私は目の前が真っ暗になるのを感じた。しかし、彼の会社には手付金を保証する制度があると説明されて胸を撫で下ろした。ただ私も夫も意中の物件がこの手の中からするっと抜け落ちてしまった喪失感に気持ちが沈むのを感じていた。
 それでも彼は、何度となく連絡をくれたり訪ねたりしてくれて「気持ちを切り替えてまた一緒に探しましょう。最後までお付き合いさせていただきますから」と言ってくれた。嘘のないその言葉が素直に嬉しかった。
 
♣「住まい」探しの第二ラウンドは思うように進まなかった。どうしても買い逃した家が比較の基準となるのでご紹介できる物件の数も限られた。
 再開から三ヵ月が過ぎたある日、「ネットで気になった物件を見学したいのですが」と奥様から連絡をもらった。それはメーカー直売のため僕は仲介できない物件だったが、販売店に連絡して見学の案内はさせてもらえることになった。
 もしも、ご家族が本当に気に入ったときは気兼ねなく販売店から購入していただこうと、僕が仲介できないことは敢えて伝えなかった。
 
♡「ここにします。これからオフィスの方へお伺いして申し込みをしたいのですが」と夫は彼に笑顔を向けた。
「......あの、実はですね」と彼は静かに話し始めた。
 この物件を彼が仲介できないと知らされて、私と夫は思わず顔を見合わせた。穏やかな笑みを浮かべ小さく頷いた夫を見て、すぐに私と同じ考えだとわかった。
 
♣「じゃあ、この物件は縁がなかったとあきらめます」とご主人が口を開いたとき、僕は一瞬なにが起っているのか理解できなかった。
「だって、最後までお付き合いいただけるんですよね」と奥様がやさしい笑顔で言葉を継いだ。
 僕は小声で「......はぃ、もちろん......です」と答えると、目にゴミが入ったフリをするしかなかった。