人生に寄り添って
小学六年の娘と四年の息子から嬉しすぎるサプライズとして似顔絵の誕生日プレゼントをもらったとき、私は思わず妻に聞いてしまった。
「オレって今何歳だっけ?」
「四十三でしょ」と妻にあきれ顔をされた。ついこの間、自分もとうとう四十路か、と思っていたら、あれからもう三年も経ったのか、と風のように流れ去っていく日々を恨めしく感じた。
私が一戸建てを買ったのは四十歳のとき 同年代の同僚や友人に比べるとかなり遅い方だと思う。そういえば三年前の誕生日は、以前住んでいた2LDKの賃貸マンションで迎えたなぁ、と振り返ると、時の流れの速さとは裏腹に、その頃のことが遠い昔に感じられて妙に懐かしかった。
三十代の始めに最初の子供を授かったときは、私もご多分にもれず我が家を持つことを夢見ていた。だが、妻と家探しを始めた矢先、リーマンショックが起きた。
会社の業績は見る見る落ち込み、私よりも早く家を購入していた同期の同僚がリストラされた。同僚は再就職したが、年収は三分の二に減って住宅ローンを払い続けることができなくなり、家だけでなく愛車も手放した。結局、再就職先も辞めて家族と一緒に地元に戻ったが、その後は連絡を取っていない。最後に会ったときの疲れ切った同僚の顔が忘れられず、私は家を買うことを躊躇した。
住宅ローン適齢期を過ぎた三十代の後半、もう一人家族が増えて四人家族になるとわかったとき、私は不安を押し殺して再び家を探し始める決意をした。ところが数日後、今度は東日本大震災が起きて、自分の家族は自分で守らなければ誰も守ってくれないことを痛感し、不安は再燃した。
仕事の先行き、病気、両親の介護、自分たちの老後、そして事故、火事や自然災害 今、家を買って私たち家族は本当に大丈夫だろうか。この不安を一体誰に相談すればいいのだろうか。私は未来に臆病になるばかりだった。
そんなとき、FPセミナーを開催している不動産会社の噂を耳にして、にもすがる思いで参加した。FPとはファイナンシャルプランナーの略称で、金融のプロが将来を踏まえた住宅購入の資金計画を提案してくれるという触れ込みだった。
一時間足らずのわかったようなわからないようなセミナーの後、個別相談で年収を告げると、いきなり新築の物件を紹介された。
「...え、あの、将来の子供の教育費とか老後の資金は大丈夫ですか?」
「ああ、これだけの年収があればまったく心配はいりませんよ」
FPの資格を持つらしい営業の人が爽やかな笑顔を浮かべた。その素敵な営業スマイルとともに、私の切なる期待は秒殺された。年収を聞いただけで私と私の家族のなにがわかるというのだろうか。
そうして、私は四十歳になっても我が家を持てずにいた。
それは本当に偶然だった 普段ほとんど使わない中央線の駅へ仕事の打ち合わせに出かけた。その帰り道、駅近の歩道に面した不動産会社の前に差し掛かったとき、デジタルサイネージに映し出された文字がふと目に留まって、私は立ち止まった。
【ファイナンシャルライフサポート】
住まいの購入後もお金のプロが
お客様をサポートしていきます
〝購入後も〟という言葉が妙に気にかかった。少し迷ったが、もう十年近く迷っているんだし、期待などせずに話だけ聞いてみることにした。
「家を買っても住宅ローンを支払っていけるのか心配で...子供たちの教育費や老後のこともありますし」
私は率直に不安を投げかけてみた。私と同年代に見える営業の彼はPCを操作して画面にグラフを表示した。
「こちらは三十年ローンで住宅を購入された四十代のお客様の例になりますが、今後四十年間の収入と支出と貯蓄残高の推移予想です」
住宅ローンや車の支払い、生活費、子供の教育費、保険、税金など、これからの暮らしに必要なお金が一目でわかるようになっていた。年代を追ってグラフを見ていく。と、私は急に違和感を覚えた。
「あの、これって会社を退職後、すぐに貯金が底をついていますよね」
「はい。これは改善前のグラフになりますので」と言って彼は画面に別のグラフを表示した。
「先ほどのグラフからまず家計と保険を見直します。そうして削減したお金を積立てに回し、四十五歳と五十歳で繰り上げ返済をします」
「......繰り上げ返済ですか?」
「はい。この四十代のお客様の場合はですね、繰り上げ返済をすることによって退職前にローンを完済、さらに総支払額を約七百万円削減することができます。この浮いた七百万円を老後の備えに回すわけです」
「七百万円も浮いてローンの支払い期間も短縮できるんですか?」
「はい」と彼は平然と答えた。
「本当に?」
「もちろんです。この四十代のお客様の場合ですけれどね」
定年後もローンに追われる覚悟をしていた私には目からウロコだった。
「但し、これは現時点でのベストな対策です。この先、なにが起こるかわかりませんから、当社ではご購入後も専属のFPが定期的にサポートしていきます。金利変動や暮らしの変化など、時代に合わせてその都度、家計を見直し、対策をアドバイスします」
「いつでも相談できるんですか?」
「はい」
「お金がかかるんですよね?」
「基本、無料になります」
"いつでも"しかも"無料"ってそんな都合のいい話があるのだろうか。
「でも、いつまで?」
「十年後、二十年後もご要望がある限りいつまでも...ですかね」と言って初めて少しだけ微笑んだ彼の表情を、私は一生忘れないだろう。
三人目を授かったことを知ったのは、誕生日の翌日だった。
照れ臭そうに笑う妻の告白に、喜びよりも驚きの方が大きすぎて、私は一瞬頭が真っ白になった。妻は不満そうに言う。
「なによその顔、嬉しくないの?そうそう、子供が増えること、我が家の専属FPに相談しなきゃね。さぁ、パパにはもっとがんばってもらわないと」
妻の言葉を聞いたら、心がすーっと安らいで喜びがあふれ出すと、未来の幸せの予感に胸がときめいた。
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